この記事では、木のスプーンの作り方を、生木と乾燥材の違いや使用する道具(斧・ナイフ・フックナイフ)とあわせて解説します。
はじめに|木と向き合う時間を、暮らしの中へ
私が作っているFIL craftのスプーンでは、北海道の木を中心に一点一点手作業で木のスプーンを制作しています。
大量生産では決して生まれない木の表情、重さ、触れたときの手触り。
それらすべてを大切にしながら、丁寧に削り進めています。
このブログでは、FIL craftの木のスプーンがどんな工程を経て生まれているのか、そして生木を使う場合と乾燥材を使う場合の違いについても詳しくご紹介します。木のスプーン作りの楽しさを少し覗いてもらえたら嬉しいです。
木のスプーン作りは「木を知ること」から始まる

スプーン作りの最初の工程は、削ることではありません。
木を観察することから始まります。
木目の流れ、節の位置、硬さ、重さ、そして香りを楽しむ。同じ樹種でも一本一本に個性があり、どこを柄にしてどこを匙(すくう部分)にするかで使い心地は大きく変わります。
「この木は、どんなスプーンになりたいのか」そんな問いを投げかけるような気持ちで、観察していきます。
使用する木材について|北海道の自然が育てた素材
主に使用するのは広葉樹。
ナラ、クルミ、カエデ、サクラ、槐(えんじゅ)など。
寒暖差の大きい北海道で育った木は、年輪が詰まり、粘りと強さを持っています。自然乾燥を経た木材は、時間とともに安定し、長く使えるスプーンになります。
生木と乾燥材の違い|素材選びで変わる、作り方と表情
生木を使う場合|削りやすさと、瑞々しい木の表情

生木の特徴
- とても柔らかく、刃がスッと入る
- フックナイフでの彫りが軽く、作業がスムーズ
- 削りたての木肌が瑞々しく、美しい
生木は、スプーン作りとの相性がとても良い素材です。特に匙(すくう部分)の内側を彫る工程では、力を入れすぎなくても形が出るため、刃物のコントロールに集中できます。
ただし、生木には注意点もあります。
- 乾燥の過程で反りや割れが起きやすい
- 完成までに乾燥期間が必要
生木から作ったスプーンは、
乾燥を経て、木が「落ち着いた表情」に変わっていくのも魅力のひとつです。
※乾燥方法については後半で説明します。
乾燥材を使う場合|安定性と完成形のイメージのしやすさ
乾燥材とは、伐採後にしっかりと乾燥させ、水分量が安定した木材のことです。
乾燥材の特徴
- 反りや割れが起きにくい
- 完成後の形が予測しやすい
- すぐに仕上げ工程へ進める
乾燥材は、生木に比べると硬さがありますが、その分、完成後の安定感は抜群です。日常使いのスプーンとして、安心して使い続けられるのが大きなメリットです。
一方で、削る際には
- 刃をしっかり研ぐ
- 無理に削らず、少しずつ進める
といった丁寧さがより求められます。
① 斧|スプーンの原型を切り出す

使用する道具:斧(おの)
木のスプーン作りは、斧から始まります。丸太や角材からスプーンの原型となる材を切り出します。大事なことは2つ
木目の流れを読む
木目の流れとは、木が育ってきた方向そのものです。
年輪の線、表面に現れる模様、割ったときに自然に裂ける向き。
それらはすべて、木の繊維がどちらへ走っているかを教えてくれます。
斧を入れる前に
- 年輪がどの方向に伸びているか
- どこから割ると自然に裂けそうか
- 柄にしたい部分と、匙にしたい部分の繊維がどう繋がっているか
を観察します。
木目に逆らって斧を入れると、思いがけない割れが走ったり、後の工程で欠けやすいスプーンになってしまいます。
繊維を断ち切らない
木は、無数の繊維が束になってできています。その繊維が柄から匙の先まで途切れずにつながっていることが丈夫で長く使えるスプーンの条件です。
繊維を途中で断ち切ってしまうと
- 使用中に欠けやすくなる
- 力がかかる部分で割れやすくなる
- 口当たりやしなりが不自然になる
といった影響が出てきます。
斧の工程では、繊維を「ぶつ切り」にしないよう木が割れたがっている方向に刃を入れることを意識します。これは、「人が形を押しつける」のではなく「木がなろうとしている形を邪魔しない」という考え方です。
これがとても重要です。斧で割るように形を出すことで、木の強さを活かしたスプーンになります。
② ナイフ|外形を整え、スプーンらしく

その前に、生木を使った場合の乾燥について説明していきます。
生木の乾燥について
生木を使った場合、乾燥後の変形を見越して、ナイフとフックナイフの工程で少し厚みを残し(完成の太さの+5mmほど)、ゆっくりと時間をかけて自然乾燥させるといった工夫が必要となります。
使用する道具:ナイフ
斧で大まかな形ができたら、ナイフで外形を整えます。柄の太さ、カーブ、持ったときのバランスを確認しながら削っていきます。
力を入れなくても自然と手に馴染む。その感覚を確かめながら少しずつ削り進めます。
③ フックナイフ|匙を彫る、最も集中する時間
使用する道具:フックナイフ
スプーン作りの中で、最も繊細なのがこの工程です。深さ、角度、左右のバランス。
一削りごとに、口当たりや使い心地が変わります。特に生木の場合は削りすぎに注意し、乾燥材の場合は無理な力をかけないよう意識します。
乾燥方法

生木を乾燥するために用意する物は2つ。スプーンが入る大きさの段ボールと削った時に出た木片を用意。まず、段ボールに木片を敷き詰めてスプーンを置き、さらに上にも木片を敷き詰めサンドし、保管します。
木片の役割
木材の割れの原因のひとつに急激な乾燥です。木片を一緒に入れて保管することにより、ゆっくりと安定した乾燥期間をつくることができます。
乾燥期間については、保管場所の環境によって変わってくるので、2週間おきに水分計などを使って水分量を測り含水率が8%~12%まで下がってから仕上がりの厚みまで削っていきましょう。
※乾燥初期はカビが発生する恐れがあるので、定期的に湿度が高すぎていないか確認が必要です。
④仕上げの工程|研磨とオイル仕上げ

スプーンの形が整ったあと、最後に行うのが仕上げの工程です。この工程で使い心地や口当たり、そして長く使えるかどうかが決まります。
「削って終わり」ではなく、何度も触れ、確かめながら仕上げることを大切にしています。
研磨|木の毛羽立ちと向き合う時間
研磨は、100番のペーパーから始まります。まずはナイフやフックナイフで削った跡を整え、全体の形を確認しながら粗さを均一にしていきます。
ある程度整ったところで、一度スプーンを水に浸します(全体が濡れ色になれば OK)。
水を含んだ木材は、表面の繊維が立ち上がり、いわゆる「毛羽立ち」の状態になります。これは、日常で洗ったり使ったりする中で起こる現象を、あらかじめ再現するための大切な工程です。
毛羽立った状態になったら再びペーパーで研磨します。
この「研磨 → 水に浸す → 毛羽立たせる → 拭き取って乾燥 → 研磨」という工程を繰り返しながら、番手を少しずつ上げていきます。
100番、180番、240番、320番……そして最終的には、600番のペーパーまで。
回数を重ねるごとに、木肌は確実に変わっていきます。触れたときに引っかかりがなくなり、それでいて木の存在をちゃんと感じられる状態。
口に入れる道具だからこそ、この研磨の時間はとても大切です。
オイル仕上げ|植物性オイルで木を落ち着かせる

研磨が終わったスプーンには、植物性オイルを塗布します。
ここでオイルについて少しだけ説明します。
乾性油・半乾性油・不乾性油の違いについて
植物性オイルは、その乾き方の性質によって大きく3つに分けられます。木のスプーンなど口に触れる道具の仕上げでは、この違いを理解することがとても大切です。
乾性油|時間とともに固まり、木を守るオイル
乾性油は、空気中の酸素と反応し塗ったあとにゆっくりと固まる性質を持つオイルです。
木の内部に浸透しながら表面には薄い保護膜をつくり、使うほどに落ち着いた質感へと変化していきます。
特徴
- 時間とともに乾き、ベタつきにくい
- 木材を内側から保護する
- 木目や色味を自然に引き立てる
代表的なオイル
- クルミオイル
- 亜麻仁油(リンシードオイル)
- 桐油
木のスプーンやカトラリーの仕上げに、最もよく使われるオイルです。
半乾性油|しっとり感が残る、やさしい仕上がり
半乾性油は、乾性油ほどではありませんがある程度は乾き、完全には固まらない性質を持っています。
木にしっとりとした質感を与えますが時間が経ってもわずかな油分が残るため、使い方には注意が必要です。
特徴
- 乾くが、完全には硬化しない
- しっとりとした手触り
- 定期的な塗り直しが必要
代表的なオイル
- 菜種油
- ひまわり油
- 大豆油
木工では、装飾品や頻繁に洗わないものに使われることがあります。
不乾性油|固まらず、ベタつきやすいオイル
不乾性油は、空気に触れても固まらない性質を持つオイルです。
塗った直後は艶が出ますが、時間が経っても乾かず表面に油分が残りやすいため、木のスプーンなどの仕上げには向いていません。
特徴
- 乾かない
- ベタつきが残りやすい
- 酸化しやすく、においが出ることがある
代表的なオイル
- オリーブオイル
- 椿油
- ごま油
食用としては身近ですが、木工の仕上げには不向きです。
私が主に使っているのはクルミオイルです。
- 食用としても使える安全なオイル
- 乾きがよく、ベタつきにくい
- 木の色味と木目を自然に引き立ててくれる
という特徴があります。
オイルを含ませることで、乾燥した木材はしっとりと落ち着き、削ったときには見えなかった木目がゆっくりと浮かび上がります。
たっぷり塗って終わりにするのではなく、木が必要とする分だけを静かに染み込ませるような感覚で仕上げていきます。
余分なオイルを拭き取り、時間を置いて木の状態を確認する。必要があれば、もう一度薄くオイルを入れる。
木目が浮かび上がり、その木だけの表情が現れた瞬間が、完成の合図です。
おわりに|木の時間を、暮らしの中へ
一本の木がスプーンになるまでには、たくさんの工程と時間がかかります。
斧で形を取り、ナイフやフックナイフで少しずつ削り、研磨とオイル仕上げを重ねてようやく完成します。
どの工程も、早く終わらせることはできません。木の状態を見ながら、手を止め、また削る。この積み重ねが使いやすく、長く使えるスプーンにつながっています。
FIL craftの木のスプーンが、毎日の食事の中で、自然と手に取られる存在になれば嬉しいです。特別なものではなく、暮らしの中で当たり前に使える道具として、長く寄り添ってくれることを願っています。
